県指定文化財(有形文化財) 1-5
更新日:2022年9月29日
県指定文化財(有形文化財(彫刻))
1 十一面千手観音像・脇立四天王像(じゅういちめんせんじゅかんのんぞう・わきだちしてんのうぞう)
建久5年(1194年)に創建された感応寺の本尊である。廃仏毀釈の際に多くの仏像が破壊されたが、当時の人々によって大切に守られ現在にいたる。平成元年に国宝修理所京都美術院で修理が行なわれた際、文安2年(1445年)に定朝三派(慶派、院派、円派)の院派の仏師院隆によって作成されたことが判明した。 |
県指定文化財(有形文化財(絵画))
2 絹本著色雲山和尚像(けんぽんちゃくしょくうんざんおしょうぞう)
雲山和尚は島津貞久公(5代)の命を請けて感応寺の復興にあたった中興開山で、讃文中には、足利尊氏公が和尚を称えた(さぞなげに都の遠き山の端に曇らぬ月のひとりすむらむ)の和歌も書かれている。10代徹堂和尚の時代に作られたものであり、県内最古の頂相(禅僧の肖像画)である。 |
県指定文化財(有形文化財(絵画))
3 三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)(絵扁額35枚)
歌仙とは、和歌に秀でた人のことで、平安時代に藤原公任(ふじわらのきんとう)が万葉集以後の主な歌人を36人選んでその歌人の歌から数種を上げて三十六人撰を編んでから、36人の歌人を三十六歌仙と呼ぶようになった。天正5年(1577年)6月24日出水城主島津義虎が愛宕神社に奉納したもので現在は、市立歴史民俗資料館所蔵となっている。 |
県指定文化財(有形文化財(建造物))
4 出水御仮屋門(いずみおかりやもん)
文禄年間(1590年代)に始められた島津藩の地頭制度は外城を中心に行なわれ、出水にも地頭が派遣された。地頭は地頭館で政務を執ったが、仮屋馬場を隔てた前の現出水小学校敷地は藩主が地方巡狩の際の宿泊所、御假屋であった。今の校門がお假屋門であり、出水は国境の要地であるため江戸の初め藩主島津義弘が自ら出水で隠居しようとして帖佐にあった門をここに移転したものだと伝えられている。義弘の移住は実現しなかったが門はそのまま残されたものと見られる。 |
県指定文化財(有形文化財(考古資料))
5 出水貝塚出土品
出水貝塚では、大正9年から平成10年までの間に計6回の発掘調査が行われた。縄文時代早期、中期~後期の遺物が出土しており、出水式土器の標式遺跡となっている。出水貝塚出土品は、縄文早期及び中期~後期の九州における文化などを考える上で貴重な文化財である。 |
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