学校紹介

更新日:2023年4月7日

教育目標

「自己実現に向け,自ら学び考え実践できる,心豊かでたくましい出水っ子を育てる」

学校の特色

上空からの写真

本校は、薩摩藩時代に肥後との国境に置かれた最大級の外城であった城山の麓に位置し、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された出水武家屋敷群内にあり、「御假屋門」(おかりやもん)といわれる武家門(市指定有形建造物)を校門としており、創立151年の歴史と伝統を有する学校です。

子どもたちは、朝の学校周辺の清掃などのボランティア活動や御假屋門でのあいさつ運動など元気に取り組んでいます。また、保護者や地域の方々の学校教育への信望と期待は大きく、学校は調和のとれた健全な子どもの育成を目指し、開かれた学校づくりに努めています。

校門(御假屋門)について

校門

豊臣秀吉の朝鮮戦争のはじめ、出水の地は秀吉の直轄領となっていました。しかし慶長4年(1599年)には、日本軍の引き揚げによって、出水は再び島津氏に返還されました。島津義弘・家久父子はともに朝鮮に出陣していましたが、伏見に凱旋して薩摩帰国は許されませんでした。義弘は居城帖佐(今の姶良郡帖佐小学校)の門を出水に移し、出水へ隠居して北辺の守りに任じたいと思い、門の移築を命じました。義弘の移住は実現しませんでしたが、以後、この地に「御假屋」がおかれ、それが「御假屋門」として現在に残っています。

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